平成27年11月18日 静岡地方裁判所刑事第1部判決文(平成27年12月3日確定)


 

主文

 

 被告人を禁固1年6月に処する。

 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

 訴訟費用は被告人の負担とする。

 

理由

 

【罪となるべき事実】

 被告人は、浜松市北区三ヶ日町都築523番地の1青少年教育施設「静岡県三ケ日青年の家」の指定管理者である株式会社小学館集英社プロダクションの業務委託員であり、同施設所長として同施設が浜名湖で実施するカッターボート漕艇訓練を運営管理する業務に従事していたものであるが、平成22618日、愛知県豊橋市立章南中学校の生徒である西野花菜(当時12歳)ら18名及び同行教諭2名を同施設のカッターボート(全長7.05メートル)に乗船させて漕艇訓練を実施した際、天候不良等により同カッターボートの漕艇が困難となり、同施設の救助用モーターボート(全長7.1メートル)で前記カッターボートを曳航するに当たり、前記カッターボートに湖水が打ち込んで滞留した水(以下滞留水)という。)により船体の左右への傾斜が大きくなると、船首が振れた前記カッターボートを横引きして転覆させる恐れがあったのであるから、滞留水が増えた場合には曳航を中断して滞留水をくみ出すことができるよう前記カッターボートに乗船していた教諭に滞留水の増加状況を細かく報告させ前記カッターボートが転覆しないよう安全を確保して曳航する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同日午後320分頃、同区三ヶ日町佐久米字崎山1番地先舩岩三角点から真方位322620メートル付近湖上において、自己の技量を過信するとともに、くみ出さなければならないほどの湖水が滞留することはないと思い込み、前記カッターボートに乗船していた教諭に前記報告させるなどの指導を何ら行わないまま、漫然、前記カッターボートを操船して前記カッターボートを速度約3.7ノットで曳航した過失により、同日午後325分頃、前記舩岩三角点から真方位290780メートル付近湖上において、滞留水により左傾斜状態が増して船首が右に振れた前記カッターボートを横引きし、前記カッターボートを転覆させて前記西野を湖水に落水させ、よって、その頃、同所において、同人を溺死させたものである。

【証拠の標目】

【法令の適用】

罰     条  平成25年法律第86号による改正前の刑法2111項前段

刑種の選択    禁固刑

刑の執行猶予   刑法251

訴訟費用の処理  刑訴法1811項本文(全部を負担)

【量刑の理由】

1 被告人は、判示のとおり曳航されるカッターボートの乗船者に滞留水の増加状況を報告させて、滞留水の排水を指示するなどの業務上の注意義務を怠り、無理な曳航に及んだものである。これらは小型船舶免許を有するものであれば当然に有すべき知識であり、基本的な注意義務であったことからすると、被告人の過失は大きい。また、被告人は、本件施設には事故当時、他に経験豊富な指導員がいたにもかかわらず、自ら救助用モーターボートを操船して出動し、カッターボートが左方向に傾斜していることを認識しながら漫然と経験したことのない曳航を開始したもので、軽率に過ぎるというほかない。被告人は、浜名湖でのカッター訓練を行う本件施設の所長として、利用者の安全を確保すべき立場にありながら、このような基本的な注意義務を怠ったもので、その注意義務違反の程度は著しく、厳しい非難を免れない。

2 弁護人は、被告人の判示の過失を認めつつも、本件カッターボートに乗船していた加藤学元教諭(以下「加藤元教諭」)という。)、本件当時、中学校の学校長として生徒を引率していた水野克昭元学校長(以下「水野元校長」という。)及び被告人の前任で指定管理者への引継ぎ当時の本件施設所長であった古川員己(以下「古川元所長」という。)の過失も競合して本件事故が生じたことを量刑上考慮すべき旨主張するので、この点につき検討を加える。

 まず、弁護人は、加藤元教諭には、曳航中に、持っていたトランシーバーを用いて、被告人に対し曳航をやめるよう求めなかった過失があると主張する。しかし、本件訓練のような湖上の操船活動を実施するには専門的知識を要するところ、加藤元教諭は引率教諭であり本件カッターボートの船長として舵取りと無線連絡を担当していたとはいえ、あくまで施設の利用者で専門的知識を有するものではなく、本件施設指導員の指示や指導なしに適切な行動を選択することは困難であったといえる。そうすると、本件においては、加藤元教諭は、被告人をはじめとする本件施設の指導員から曳航の際の注意点等につき何らの指示も受けていなかったのであるから、加藤元教諭において、曳航中に被告人に対し曳航を中断するよう求めなかったことについて、刑事上の過失があるとはいえない。

 また、弁護人は、水野元校長には、本件訓練が学校の課外授業として行われたのであるから、荒天を予想せず、本件訓練の中止を申し入れるべきであったのに申し入れなかった過失があると主張する。しかし、本件施設の同等の施設(渋川青年の家)で長年海洋活動の指導助言を行っている鷲見道弘(以下「鷲見証人」という。)の供述によれば、出航当時、現場周辺(遠州南)に大雨・雷・強風・波浪・洪水注意報が発表されていたことを踏まえても、実際の天候・波浪の状況に照らし、訓練の支障となることはないとして実施を決定した判断が不適切であったとは認められない。そうすると、被告人や本件施設職員らの上記判断が不適切なものとはいえない以上、水野元校長においても弁護人の主張する過失は認められない。

 さらに、弁護人は、古川元所長にも、注意報発令時の天候判断に関する注意事項やカッターボートの曳航マニュアル等を作成しないなど指定管理者である小学館集英社プロダクション(以下「集英社」という。)への業務引継ぎが不十分であった過失があると主張する。しかし、基本的には、事業を引き継いだ以上、集英社において自らカッター訓練についての安全対策を講じる義務及び責任があり、同社が事業を引き継いだ後の事故についてまで、古川元所長が第一次的な責任を負う立場にあるとはいえず、刑法上作為義務を負う立場にはない。したがって、同人にも弁護士が主張する過失は認められない。

3 以上のような被告人の過失の大きさもさることながら、量刑上最も重視すべきは、結果の重大さである。当時わずか12歳であった被害者は、本件事故によってその未来ある尊い生命を失ったもので、被害者の無念さや、愛する一人娘を失った遺族の悲しみは、察するに余りある。

4 しかし一方、被告人は、事故発生が自ら率先して湖上で救助活動に当たるなどして被害の拡大を防ごうと努めたこと、事故後から現在に至るまで、遺族に対し真摯な謝罪を示し続けており、遺族も被告人の謝罪を受け入れていること、被告人の雇用主である集英社と遺族の間で訴訟上の和解が成立していること、被告人は自らの責任を素直に認めて反省しており、今後も事件のことを忘れることなく被害者及び遺族への謝罪を続けていく旨誓っていること、本件についてマスコミ等で大きく報道され、海難審判により業務停止処分を受けるなど一定の社会的制裁を受けていること、前科前歴がないこと等の被告人に有利な事情も認められる。

5 そうすると、被告人の過失が引き起こした結果は誠に重大であって、その責任は重いというほかないが、上記の被告人に有利な諸事情も総合して考慮すれば、被告人を禁固刑に処して上でその刑の執行を猶予し、社会内において事故の再発防止に努めながら、しょく罪の日々を送らせるのが相当である。

 よって、主文のとおり判決する。

(求刑 禁固16月)

 

平成271118

  静岡地方裁判所刑事第1

  裁判長裁判官  佐藤正信

   裁判官   川畑 薫 

        裁判官 小澤明日香