審査申入書 静岡検察審査会御中 2016年4月7日

第1 申立の趣旨

   被疑者を、業務上過失致死罪の被疑事実に基づいて、起訴するように申し立てる。

 

第2 罪となるべき事実

被疑者は、平成22年6月18日当時、豊橋市立章南中学校(以下「本件中学校」という)の学校長として勤務し、本件中学校の最高責任者として、本件中学校で行われる野外活動授業等の実施の可否を決める権限と責任を有していたものであるが、平成22年6月18日、本件中学校の正課の野外活動授業として,静岡県立三ケ日青年の家(以下「本件青年の家」という。)が浜名湖でカッターボートのとう漕訓練(以下「本件訓練」という。)を行うに当たり、前日の平成22年6月17日から梅雨前線の北上による天候の悪化が予想されており、実際に本件訓練前の午後0時過ぎから雨が強まり視界不良となっており、午後1時ころでも浜名湖湖面は白波が立って風が強い状況となっており、午後1時30分ころでも雨が激しく降っており、午後2時30分ころでも雨天のため視界が約300mという状況であったのであるから、悪天候によるカッターボートの航行不能、転覆等の事故を予見し生徒の死傷を回避するため、本件訓練を中止すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件青年の家に、本件訓練の中止を申し入れることなく、漫然とこれを実施した過失により、同日午後2時30分ころ、本件中学校1年生であった野花菜(当時12歳)の乗船したカッターボート(以下「本件カッターボート」という)を含む4隻のカッターボートを出航させ、本件カッターボートがとう漕不能となったことにより、本件青年の家の所長である檀野清司氏が本件青年の家の救助用モーターボートで本件カッターボートをえい航中に本件カッターボートが転覆した結果、野花菜を湖中に落水させ、よって、その頃,同所において,同人を溺死させたものである。

 

第3 審査申立理由の概要

1 本件事故の本質的な原因は本件訓練の実施判断の誤りである。

本件事故の本質的な原因は、本件事故の前日の平成22年6月17日から梅雨前線の北上による天候の悪化が予想されており、実際に本件訓練前の午後0時過ぎから雨が強まり視界不良となっており、午後1時ころでも浜名湖湖面は白波が立って風が強い状況となっており、午後1時30分ころでも雨が激しく降っており、午後2時30分ころでも雨天のため視界が約300mという状況であったにもかかわらず、本件訓練を実施した判断の誤りである。

 

2 被疑者の不起訴理由の概要

 ⑴ 被疑者の不起訴理由は、予見可能性について、「えい航船の過失行為という事故原因を具体的に予見するのは極めて困難」であり、事故の予見可能性は認められないというものである(資料1)。

 ⑵ また、不起訴理由は、結果回避義務についても、被疑者は訓練実施の可否を判断する立場になかったとしている(資料1)。

 

3 被疑者の不起訴処分の背景にあると考えられるもの

 ⑴ 予見可能性について

  ア 予見可能性の対象及び程度について

上記2.⑴の不起訴理由は、予見可能性の対象を「えい航船の過失行為」という、詳細かつ具体的なものに設定している。

しかし、刑事裁判で過失を論じる際、具体的にどのような経過をたどって事故が発生するかまでの具体的で詳細な予見可能性は不要とされている。たとえば,交通事故の場合、交通法規違反があれば、事故の予見可能性はあると考えられている。

予見は将来の事柄に関する問題であるから、現実に生じた結果の日時・場所・態様等についてまで、正確に予見することができたかどうかを問題にすることは明らかに不合理であり、予見可能性はある程度抽象化して考えざるを得ない(資料2)。

そうだとすると、予見可能性の対象及び程度は、「えい航船の過失行為」までは要求されず、悪天候で本件訓練を行えば、カッターの航行不能、転覆等の事故により人が死傷することが予見できるという程度で足りる。

  イ なぜ不起訴理由では詳細で具体的な予見可能性を問題としたか

    本件事故当時、三ケ日青年の家の所長であった檀野清司氏(以下「檀野氏」という)の裁判において、檀野氏の弁護人が、本件訓練の実施判断の誤りについて、檀野氏と被疑者の過失の競合を主張したのに対し、論告で検察官は、本件訓練の実施判断の可否については問題なかったと主張した。

    しかし,このように、本件訓練の実施判断に誤りがないことを前提としてしまえば、本件事故の本質的な原因は,別の所に求めざるを得ない。

そのため,検察官は、事故原因を「えい航船の過失行為」と捉え、被疑者についても、その点に予見可能性が必要であると判断したものと考えられる。

  ウ しかし、以下の第5で詳述するように、本件訓練の実施判断の誤りは明らかであり、その誤りが、本件事故の本質的な原因である。

したがって、被疑者の予見可能性の対象及び程度は、「えい航船の過失行為」ではなく、悪天候で本件訓練を行えば、カッターボートの航行不能、転覆等の事故が予見できるという程度で足りるものである。

 ⑵ 結果回避義務違反について

結果回避義務については,不起訴理由は、被疑者は訓練実施の可否を判断する立場になかったとしている(資料1)。

しかし、後に詳述するように被疑者は実施の可否を判断する立場にあったのだから,被疑者は、学校長として本件訓練の中止の判断をすることは、十分可能であった。

したがって、被疑者の結果回避義務違反は、明らかである。

 

第4 被疑者の権限と責任

1 被疑者は、平成22年6月18日当時、本件中学校の学校長として勤務し、本件中学校の最高責任者として、本件中学校で行われる野外活動授業等の実施の可否を決める権限と責任を有していた。

 

2 被疑者は、本件中学校の野外活動授業に同行しており、現地においても同中学校の最高責任者として行動していた。

  そして、本件訓練の実施及び中止の決定権は、各関係者が一様に述べる通り、被疑者にもあった。

 ⑴ 被疑者が、本件青年の家から事前に渡された「カッター訓練」という文書(資料3)には、「2 安全上の留意点」の⑪に、「荒天時の実施・中止の決定は、団体責任者と相談の上所員が行います。」と記載されている。

このことについては、平成22年に本件訓練が行われる前から被疑者は知っていた。

そのため、被疑者は、この文面のとおり、団体責任者であった被疑者と本件青年の家の所員が相談して、所長が本件訓練の実施について決定すると考えており、本件訓練が始まる前にこの相談の場が設けられていれば、被疑者の方から本件訓練の中止を主張することができた。

この点は,捜査段階の被疑者も認めていた。

 ⑵ 檀野氏ら三ケ日の所員は全員、学校がカッター訓練を止めるといえばやらないという考えを、当然の認識として持ち平成22年4月1日の開業から運営を行っていた。

   したがって、団体責任者である被疑者が、「カッター訓練はやめたい」ということを言えば、施設側として無理にカッター訓練を実施することは無く訓練を止めていた。

   この点は,檀野氏は捜査段階で供述していた。

 ⑶ 本件カッターボートに乗船していた加藤学教諭は、学校長である被疑者が引率責任者として本件青年の家に来ていたので、学校長である被疑者と本件青年の家の所員が相談して実施するか決定するものだと考えていた。

   また、加藤学教諭は、カッターボート訓練の実施を決める本件青年の家への相談の申し入れができるのも学校長である被疑者しかいないと考えていた。

   このことは,捜査段階で加藤学教諭が供述していた。

 ⑷ 当時本件中学校の教務主任であり、本件事故当時自主艇に乗船していた山川裕美子教諭は、「学校長は、学校での最高責任者であり、野外活動の授業では責任者として同行しています。プロである施設の人の意見を尊重するとしても、ここに(資料3)書かれているように、せめて学校長と所長が話をするべきであったのではないかと思います。(檀野氏の訴訟における甲38、以下証拠引用の際は、単に甲、乙等と記す。)」と供述している。

 ⑸ 本件中学校1年学年主任竹下友野教諭は、「施設側からの説明で、実施するか否かの最終的な判断は、青年の家の所長と利用者側の責任者である学校長が決定するということを聞いていましたので、今回の件について言えば、学校長が中止を申し出れば、カッター訓練は中止になったはずです。」(甲39)と供述している。

 ⑹ 本件中学校1年B組担任鈴木進太朗教諭は、「今回のカッターボートの実施判断については、その最終判断を出すのは校長になります。」(甲40)と供述している。

直営時代も指定管理者制度以降も変わらず、あくまでも利用者の意見第一ということになっていました。」(甲47)と供述している。

 

3 以上のとおり、被疑者が、本件訓練の可否を決定する権限と責任を有していたことは明らかである。

 

第5 被疑者の予見可能性

1 はじめに

  被疑者に求められる予見可能性の対象及び程度は、本件訓練時の悪天候で本件実習を行えば、カッターボートの航行不能、転覆等の事故により人の死傷が予見できるというものである。

 

2 被疑者の予見可能性①-事件前日からの天候

 ⑴ 本件事故前日から当日までの天気予報

  ア 本件事故の前日である平成22年6月17日の中日新聞夕刊には、「あすは梅雨前線が次第に北上するため、昼過ぎから全般的に雨となる。夜は大気の状態が不安定で雷を伴い激しく降る所もある。」(資料4)と記載されているとおり、本件事故前日から梅雨前線北上による天候の悪化が予想されていた。

  イ 本件事故の当日である平成22年6月18日の中日新聞朝刊には、「梅雨前線が本州付近まで北上する。全般に曇りで、昼前後から次第に雨となる。夜は雷を伴って激しく降るところも。」(資料5)と記載されている。

  ウ このように、本件事故前日から本件事故当日にかけての天気予報から、梅雨前線北上による天候の悪化、ことに急激な悪化の可能性が予想されていた。

    そして、梅雨前線が北上すれば、南から湿った空気が流入し、大気の状態が不安定となり、急激な雨や、突然の強風(場合によっては竜巻)が起こり得ることは、天気予報のニュース等で、一般によく報道されている。

エ 被疑者は、捜査段階において、本件訓練が雨の中だと生徒がかわいそうだと考え、前日からも天気予報を見ていたし,事故当日も天気予報を見ていたと認めている。

  また、檀野氏の裁判においても、被疑者自身が、本件事故当日の朝6時台から12時直前の情報を取っていたと述べている(H27年7月1日 第5回公判20頁)。

  したがって、被疑者は、天気予報を見て、天候の急激な悪化の可能性を予見できた。

 

 ⑵ 本件訓練実施前後の天候について

  ア 以下に述べるとおり、関係各証拠から、そもそも、本件訓練前の悪天候で本件訓練を行ってはならなかったことは明らかである。

 

  イ 静岡県警察官(浜松中央警察署)、浜松中央警察署が管理する警備艇「かつら」の船長勝瀬周久(かねひさ)氏は、以下のとおり供述している(甲17)。

   ① 警備艇の出港基準として、三角波と呼ばれる白波が立っているか、風は5メートル以上吹いていないか、の2点を注意して確認しています。

   ② 浜名湖の天候は、風向きが変わりやすく、1日の内に何回も変わることもよくあり、場所によっても全然違う。このことは、浜名湖で仕事をしているものなら常識ですし、そういった知識もないまま浜名湖に出るのは非常に危険です。

   ③ あの日の気象状況で訓練を実施するのも実施判断への誤りがあると思います。

   ④ 浜名湖は、湖と呼ばれてはいますが、浜名湖に関係して仕事をしているものはほとんどの人が海と同じと考えて行動しています。

   ⑤ 本当にそんな基本的なことの一つ一つがなにも守られていないということを強く感じる事故でしたので、強く怒りまで感じるのです。

   ⑥ この日のような天候でカッターボートを湖上に出して訓練を行うということは大変危険であり、当日の天気予報を確認していて、梅雨前線が接近していることを知っていれば、そのような天候の中、浜名湖に出ての洋上訓練はしないでしょうし、朝から段々と風が強くなってきていることを知っていれば当然の事として、洋上訓練はしていないと思いますので、責任者が判断を間違えていたとしか思えません。

   ⑦ この時の天候は、天気予報でも言われていた通り、悪化すると十分に考えられたと思います。

 

  ウ 静岡県警察本部刑事部捜査第一課司法警察員警部補澤真一作成の捜査報告書(甲1)によれば、以下の点が明らかとなっている。

① 保存されていたカッター訓練に関する写真15葉について確認したところ、カッター訓練が行われる当時の天候は、湖面には一部白波が立っており、雨はいわゆる本降りとなっている状況が確認できた。

② 本件事故当日の午後1時31分に撮影された同報告書添付の写真1には、「艇庫内から撮影したもの。ハーバーに避難している漁船が確認できる。」と記載されている。

    このように、本件訓練開始前の時点において、雨は本降りで、漁船も避難している状況であった。

 

  エ 細江警察署の委託を受けて警察の警備艇「かもめ」の保管をしている、ボート販売整備業(有限会社 寸座船舶整備テイホーマリン)豊田寧幸(やすゆき)氏(甲16)は、以下の通り供述している。

   ① 暴風波浪注意報、暴風波浪警報の発令が予測され、又は発令されている場合、私の体感風速が10メートル以上の時は、お客さんに出港させない。風速10メートル以上とは、直接風を感じるのではなく,風速10メートル以上だと沖合に白波が立つため、私は沖合の波を見て判断するのです。

   ② 6月18日の天候は、午後0時00分を過ぎたころから、雨も強まり、視界不良となり、当社から直線で約2キロメートルの対岸に見える舘山寺温泉が見えなくなってしまいました。舘山寺温泉が見えなくなるほどの雨は、よほど強い雨を伴う台風か、局地的な大雨くらいで、年に数えるくらいしかありません。

   ③ 午後0時30分頃,少雨になった雨は午後になっても降り続いており、午後1時00分頃に沖合を見たところ、白波が立って風が強いことが分かり、その風向きは東からの風でした。

   ④ カッター教室を実施するにあたり、実施可否の判断が甘かったのではないかと私は考えます。

 

 オ 静岡県警察一般職員(警備艇かもめ船長)伊藤忠義氏は、以下の通り供述している(甲18)。

  ① この日は梅雨の時期ということもあって天候が荒く、朝から強い風が吹いて雨も降っていたため、通常は警備艇に乗船して警らするところを、警備艇の出港は見合わせていたのです。

  ② 当時は梅雨の時期ということで、天候が悪化することは充分に予想されたし、湖西警察署周辺では風が無くても、浜名湖は地形が複雑なために強風が吹くことがよくあることや・・・無理をしてまで荒れそうな海や湖に出る必要はないと判断したわけです。

  ③ 午後4時頃,浜名湖は、私が想像したとおり,ものすごい強風のために波のうねりが非常に激しく、豪雨と言っていいほどの強い雨も降っていたことから、よくこんな日に船なんか出したな、と思ったことを覚えています。

  ④ この日私は、天候が悪かったために出港を控えて、在署勤務していたのですが、あの悪天候の中、カッターボートを出すのは、やはり責任者が判断を間違えていたとしか思えません。

 

 カ 運輸安全委員会作成の船舶事故調査報告書(甲55)によれば、本件事故当日の午後1時30分ころでも雨が激しく降っており、出航前の午後2時30分ころでも雨天のため視界が約300mという状況であった。

 

 キ 被疑者は、本件事故当時、本件青年の家にいたのであるから、上記イ~カで述べた天候の状況を、まさに現場で体験していた。

 

3 被疑者の予見可能性②-本件事故当時の視界について

 ⑴ 出航当時の視界

   運輸安全委員会作成の船舶事故調査報告書(甲55の4~5頁)によれば、当日の視界は次の通りであった。

「1番船から4番船は、ハーバーでの訓練を終え、14時30分ごろ、1番船に指導員1が、2番船に指導員2が乗船し、A船及び4番船には、指導員が乗船しない状態(以下,5章を除き「自主艇」という。)で雨が降り、視界が約300mという状況の下、1番船から順次ハーバーを出発し、浜名湖北岸沿いに東方に向けてとう漕を開始した。」

 ⑵ 視界300mの危険性

  ア ヨットレースなどにおいては、視程1000m未満の場合、中止される(資料6、資料7)。

イ たとえば、三河湾内における名鉄フェリーは、視界500m未満の場合運休となる(資料8)。

ウ たとえば、港湾において旅客船や全長150m以上の船舶が入港する場合、特別な安全対策が必要とされる(資料9)。

 ⑶ このように、視界300mという条件は、船の大小を問わず、出航すること自体が危険とされるほどの悪条件である。

   このような条件の下、出航してよいはずがない。なおさら,中学生が正課の野外活動授業で、しかも、専門のスタッフが乗船しない「自主艇」で出航して良いはずがない。

 ⑷ 被疑者は、本件事故当時、本件青年の家にいたのであるから、視界が300m以下という状況を、まさに現場で目撃していた。

 

4 本件青年の家の判断の基本的な誤り

 ⑴ 検察官は、檀野氏に対する論告で、施設側の関係者が、いずれも実施開始の判断に誤りがなかったと述べている中で素人の学校長が施設側の判断を覆す決断を求めうる事情はないと主張する。

 ⑵ このような検察官の主張は、小学館集英社プロダクションが指定管理者として運営する渋川青年の家で指導等を行っている鷲見道弘証人の証言を根拠にしている。

   しかし、渋川青年の家は、本件とは全く別の場所の施設であり、鷲見氏は、本件事故当時現場におらず、現場の状況を見ていないのであるから、鷲見氏の証言を根拠に、本件青年の家の本件訓練実施の判断に誤りがなかったとするのは誤りである。

 ⑶ むしろ、本件訓練前日から当日の天候の悪化が予想され、実際に、本件訓練前の天候と視界は、本件訓練を実施できるような状況ではなかったことは、上記2、3で記載したとおりである。

   よって、本件青年の家の、本件訓練実施決定の判断が誤りであったことは、明らかである。

 ⑷ 以上より、本件事故の本質的な原因は、「えい航船の過失行為」以前の、本件訓練実施決定の判断の誤りであるというべきである。

 

5 被疑者の予見可能性に関するまとめ

⑴ 被疑者は、本件事故前日から当日にかけて天気予報を見て、天候の急激な悪化の可能性を予見できた。

 ⑵ 被疑者は、本件事故当時、本件青年の家にいたのであるから、上記2.⑵.イ~カで述べた天候の状況を、まさに現場で体験していた。

⑶ 被疑者は、本件事故当時、本件青年の家にいたのであるから、視界が300m以下という状況を、まさに現場で目撃していた。

 ⑷ よって、被疑者においても、本件事故当時の悪天候で本件訓練を行えば、カッターボートの航行不能、転覆等による人の死傷は十分に予見できた。

 

第6 結果回避義務違反

以上論じてきたとおり、被疑者は、本件訓練を行えば、カッターボートの航行不能、転覆等による人の死傷は、十分に予見できた。

そして、被疑者は、上記第4で述べた通り、本件訓練実施の可否を決める権限と責任を有していた。

したがって,被疑者がやめると言いさえすれば、本件訓練が行われることはなく,結果の回避は可能かつ容易である。

 

第7 被疑事実に関する結論

1 以上論じてきたとおり、被疑者のカッターボートの航行不能,転覆等による人の死傷の結果の予見可能性,及び結果回避義務違反は、いずれも、証拠により十分証明可能である。

2 東京電力・福島第一原子力発電所の事故に関する事件においても、本件と同様、検察官は、かなり具体的な予見可能を要求した上、不起訴と判断している(資料10)。

  これに対し、審査申立人は、刑法上の過失で求められる予見可能性について、「交通事故刑事裁判で過失を論じる際も、交通法規違反があれば、その結果どのような事故が起こりうるかについて、詳細な予見までは求めてきませんでした。わざわざ『10メートルを大きく超え』るという高い基準を設定したことは、被告訴人らの責任を追及しにくくしているといわざるをえない。」(資料11の50~51頁)等主張した。

  結論として,検察審査会は2度にわたり、東京電力の旧経営陣について起訴相当の議決をした(資料12)。

3 本件においても、常識的な視点で検討すれば、被疑者の予見可能性、結果回避義務違反の存在は明らかである。

 

第8 起訴の必要性

1 本件中学校の正課の授業中になんの落ち度もない生徒を死亡させてしまった本件事故において、その最高責任者としての被疑者の刑事責任を問わなければ、同様の事故が繰り返される可能性が十分にある。そして、このような悲しい出来事を二度と起こさないために、生徒を引率する学校の野外活動授業において率先して安全確保をすべき立場は誰にあるのかを明らかにしなければ、被害者の命は報われない。

 

2 檀野氏の判決において裁判所が指摘した以下の量刑理由は、被疑者に業務上過失致死罪が成立する以上、被疑者に対しても当てはまる。

 「量刑上最も重視すべきは、結果の重大さである。当時わずか12歳であった被害者は、本件事故によってその未来ある尊い生命を失ったもので、被害者の無念さや愛する一人娘を失った遺族の悲しみは、察するに余りある。」

  そうであればこそ、被疑者が刑事責任を問われないことがあってはならない。

 

3 また、被疑者は、本件中学校の責任者として事前の安全対策を行っておらず、事後も再発防止の取り組みを全く行っていない。

⑴ 本件事故当時教務主任で自主艇に乗船していた山川裕見子教諭は、「私の主人は私と同じように豊橋市で小中学校の教諭をしており、私がカッター訓練に参加する以前に、前芝中学校に赴任しているときか二川中学校に赴任している時かはっきり覚えていないのですが、三ケ日青年の家でのカッター訓練に参加した経験があったのです。」「主人は私の相談に対して、霧がひどくなって方向が分からなくなってしまったことがあって、その時に三ケ日青年の家のモーターボートで曳航されたけど(中略)と答えたのです。」(甲38)と過去えい航事例について供述している。

しかし、被疑者は、本件事故当時そのことを全く把握していなかったと檀野氏の裁判で証言しているとおり,問題事例の収集等事前の安全対策を怠っていたのである。

 ⑵ 被疑者は、檀野氏の裁判で、「6月に実施時期の選定について、梅雨とか、雨が多いとか、悪天候になる可能性もあるわけですけれども、そのことに関して、何か対応されましたか。」という質問に、「・・・悪天候になるということを、対応はしませんでしたけれども、6月は学校においてプール開き、つまり水辺の活動も不安なくできる時期と考えていました。」と証言し、全く安全対策を行っていなかったことを認めている。

 ⑶ 被疑者は、生徒の特徴に応じた安全対策を全く行っていなかったことを認めている。

その結果、山川裕見子教諭が、「小林悠一君という男の子が、加藤先生、漕げません、もう無理と言い出したのです。この小林君という子供は、糖尿病の持病を患っている子で、毎日保健室でインシュリンの注射を打っている子でした。小林君は、インシュリンを打つ前に必ず職員室に顏を出すので、私は小林君の顔を知っていましたし、この子が体調悪くなったら困るなと心配をしていた子でもあったのです。」(甲38)と供述するように、場合によっては重大事故にもつながりかねなかった問題も起きている。

 ⑷ 被疑者は、檀野氏の裁判で、「クラス担当教諭の加藤先生と、事故後に、今回の事故の原因や対策、今後の再発防止策について、加藤先生を交えてあなたは協議をしたことはありますか。事故後に。」という質問に、

      「ありません。」

  と述べているとおり、事故後、再発防止策を全く取っていなかったことを自ら明らかにしている。

   重大な結果を発生させておきながら、全く再発防止策を検討しない被疑者は、刑事責任追及の必要性が高いというべきである。

 

4 救助の遅延

 ⑴ 上記3で述べた被疑者の安全意識の欠如は、救助の遅延にも直結している。

 ⑵ どの生徒をどの船に乗せるかの選択は,生徒をよく把握している本件中学校においてなされるべきものであり,したがって乗船者名簿の作成と,本件訓練を実施した本件青年の家に対する事前の提出は,本来,本件中学校の責任においてなされるべきものである。

しかし,本件中学校が作成した乗船者名簿を,教諭が警察に提出したのは,本件事故発生後のことであり(甲55-20頁),浜松市北消防署が,行方不明者の身元を特定できたのは,警察から入手した乗船者名簿を基に本件カッターから救助された生徒等の氏名を確認し終えた午後5時25分ごろのことであった(甲55-23頁)。

運輸安全委員会の船舶事故報告書によれば,本件青年の家が乗船者名簿を作成していれば,消防が,乗船者名簿を基に転覆カッターボートから救助した生徒等の氏名を確認でき,早い段階で行方不明者に気づくことにより,より早期に転覆したカッターボートの船内捜索が実施されたはずであるとしている(甲55-65頁)。

そして,早期の捜索及び救助がなされていれば,被害者の死と言う最悪の結果を回避し得たはずである。

   本件中学校が,事前に乗船者名簿を作成し本件青年の家に提出しておくのは,生徒を引率する責任を有するものとして当然の義務である。本件中学校の責任者である被疑者がこれを行っていたならば,乗船者名簿が本件事故後すぐに消防に交付され,早期に捜索,救助がなされることにより,被害者の死を回避し得たはずである。

したがって,早期の捜索及び救助がなされなかったのは,被疑者の責任と言うべきである。

 ⑶ 本件カッターボートに乗船していた生徒は,救助された後の午後3時48分頃,教諭及び本件青年の家の所長に,被害者が行方不明であることを伝えている(甲55-19頁参照)。

その時点で,教諭は,消防等にその情報を明確に伝えるのみならず,最後まで被害者の救助を確認していたら,もっと早期に被害者は発見され,被害者の死を回避し得たはずである。

被疑者は,事前に安全確保のための準備を何ら行っておらず,その結果,被害状況の伝達という,事故時に最も重視されるべき対応が,本件中学校においては全くなされなかった。この点に関する被疑者の管理責任は重いというべきである。

 

5 本件訓練は、本件中学校が行った正課の授業である。

  したがって、当初から本件中学校の責任を除いた裁判は、市民の納得できるものではなく、これでは正課の授業について、業者に丸投げの学校教育を認めるようなものである。

本件中学校の責任者である被疑者には安全を十分に確認する義務があり、本件訓練にあたりそれを当然なすべきである。

  保護者は学校に、大切な子供を預けている。したがって、学校を信頼して送り出すしか方法がない。そのような信頼関係で今の学校教育は成り立っている。

  その関係が崩れてしまっては学校教育が成り立たない。

これまで述べてきたとおり、被疑者の、生徒の安全を守ろうとする意識は皆無に等しく、このような被疑者の責任が問われなければ、子どもを持つ親は、不安で学校に生徒を預けることはできない。

今一度、市民の目線でこの事件をもう一度検証し、貴審査会においては、被疑者の起訴を相当とする議決をすることを求める次第である。

以上

(添 付 資 料)

1 平成27(2015)年1月29日付静岡新聞朝刊

2 刑法総論講義(抄)

3 「カッター訓練」と題する資料

4 2010(平成22)年6月17日中日新聞夕刊

5 2010(平成22)年6月18日中日新聞朝刊

6 第20回 Princess Cup大会実施要綱

7 第22回ハウステンボスカップ・ヨットレースレース公示

8 写真撮影報告書

9 釧路港安全対策協議会専門部会合意事項

10 東京電力福島原子力発電所における事故に関連する告訴・告発事件の処理について

11 審査申立書

 

12 ニュース記事